前回は、気をつけてほしい霊視の占い師の話を書きました。
先祖の因縁や前世を、真っ先に持ち出してくる人たちのことです。
▶ 「遠いご先祖が怒っている」と言われた日。こんな霊視の占い師には気をつけてほしい|占い日記 #8
その前の回では、ストールさんという霊視の占い師に言われた言葉を書きました。
「視点を変えてみること」。
▶ 「視点を変えてみること」霊視の占い師に、妻の気持ちを聞きに行った日|占い日記 #6
今回は、その言葉のヒントが見つかったのか、という話です。
先に言ってしまうと、答えは出ていません。
それでも、少しだけ見えてきたものがあります。
ずっと考えていた「視点を変える」
視点を変えてみる。
ストールさんにそう言われてから、私はその意味をずっと考えていました。
仕事の手が止まったとき。
夜、布団に入って天井を見ているとき。
頭のどこかで、その言葉がくり返し鳴っていました。
視点を変える。
何を、どこから、どう見ればいいのか。
考えても考えても、わかりませんでした。
いっそ、はっきり答えを教えてくれたら楽なのに。
何度、そう思ったかわかりません。
正直に書くと、今もわかっていません。
ただ、もしかしたら、と思うことがひとつだけあります。
治したい、それだけを考えていた
あのころの私は、妻の気持ちを知りたい、妻の病気を治したい。
その思いばかりが強くありました。
どうやったら治るのか。
どうやったら、元の妻に戻ってくれるのか。
そればっかり考えていました。
霊視の占い師を何人も訪ね歩いたのも、そのためです。
誰かが答えを持っているはずだと、どこかで信じていたのだと思います。
妻が発症したのは、2017年のことです。
2019年には、もう一度大きな出来事がありました。
それからも、しばらくのあいだは、治るものだと考えていました。
1年、2年と過ぎても、まだどこかで、いつかは元に戻ると思っていたのです。
今振り返ると、ずいぶん長いあいだ、同じところをぐるぐる回っていたような気がします。
薬を、飲まない

妻は、病院には通っています。
ところが、病院から出された薬を飲もうとしません。
薬を飲まないのだから、治るはずもない。
当たり前じゃん、と思いました。
じゃあ、薬を飲ませればいいのか。
話はそう簡単ではありません。
飲まないものは、飲まないのです。
どうやったら飲んでくれるのか。
言い方を変えてみたり、タイミングを見計らってみたり。
私なりに、ずっと考えていました。
それでも、どうしても飲みません。
薬の話をすると、喧嘩になるだけでした。
治らない、と思うようになった
最近になって、やっと、ようやくです。
この病気は治らないんだ、と思うようになりました。
ここ1、2年の話です。
発症から数えると、もう7年以上がたっていました。
どうしても飲まないのなら、無理に飲ませる必要もないのかもしれない。
まあ、そうすると悪化していくだけなんですけどね。
それでも、今はそう考えています。
薬のことは、もう話さないようにしています。
話したところで、喧嘩になるだけですから。
接し方が変わったかというと、変わっていません。
気持ちとしては……諦め、という感じでしょうか。
本当はね、と思うことがあります。
発症する前の生活に戻れたらいいな、と。
妻とは、以前は一緒に仕事をしていました。
ある仕事を、妻に任せていたのです。
そのころは、仕事のことで会話もそこそこありました。
少なくとも、今よりはずっと多かった。
仕事部屋で一緒に過ごす時間も、長かったと思います。
キーボードを叩く音の向こうで、妻が「これ、どうする?」と聞いてくる。
そんな何でもないやりとりが、あたりまえにありました。
今は、別々の部屋で過ごしていることがほとんどです。
同じ家にいても、顔を合わせる時間は短くなりました。
それがいいのか悪いのか、私にはわかりません。
いつかまた、二人で仕事ができるようになったらいい。
あのころの関係に戻れたら。
そんなことを、ときどき考えていました。
でも、やっぱり、もう無理なのです。
それは仕方のないことなのかな、と思うようになりました。
ちょっと、占いの話ではなくなってしまいましたね。
そして、ふと思いました。
もしかすると、これが「視点を変える」という意味だったのかもしれない、と。
治そうとするより、治らないことを受け入れる。
受け入れたうえで、これからどうやっていくのかを考える。
考え方を変える、ということです。
受け入れた、と言っても、すっきりしたわけではありません。
ただ、どうやったら治るのか、と一人で答えを探し続けることは、少なくなりました。
ストールさんが本当にそういうつもりで言ったのかは、わかりません。
確かめようにも、ストールさんはもう占いの館にはいません。
先生は、何も否定しない

この話は、いつもの占い師にも話しています。
私は「先生」と呼んでいます。
最近は、あまり行けていません。
数か月に一回ぐらいのペースです。
久しぶりに部屋に入って、椅子に座る。
最初に私が言うのは、だいたい決まっています。
「占い、当たるようになった?」
先生は笑って、それを受け流します。
10年通っていても、このあいさつは変わりません。
薬を飲まないことは、以前から相談していました。
どうすればいいのかな、と。
「もう治らないよ」と話すようになったのは、最近になってからです。
先生は、いつも笑顔で聞いてくれます。
「それでいいんじゃない」。
そんな言葉をかけてくれることもあります。
私が決めたこと、感じたことに、反対することはありません。
こうしなさい、変えなきゃいけない、とも言いません。
全部、受け入れてくれる感じです。
ただ、ひとつだけ。
私が「もうダメだ」と言ったときだけは、少し違います。
「そんなことはないよ」という感じになるのです。
まあ、それはそれで、いいか。
そう言ってもらえるのは、ありがたいことです。
全部を受け入れてくれる人がいる。
それが、今の私にはいいのかなと思っています。
前回、決めつける占い師には気をつけてほしいと書きました。
先生は、ちょうどその反対にいる人なのかもしれません。
これからのことは、まだわからない
これからどうやっていくのか。
正直に言うと、何もわかりません。
わかっているのは、さっきも書いたように、よくはならないということ。
それと、もうひとつあります。
妻の病状が大きく変わったころ、妄想の世界の中で出てきた言葉がありました。
妻はたぶん、もう忘れていると思います。
でも、私の中ではまだ、くすぶっているものがあるのです。
だから、妻に対して素直になれないところがあります。
これからどうするかは、ちょっと今はわかりません。
視点を変えてみる。
その意味は、今もはっきりとはわかりません。
ただ、答えをくれなかったからこそ、自分で考え続けることができたのだと思います。
占いは、答えを出してくれるところではありません。
答えは、自分で時間をかけて見つけていくものなのでしょう。
もし今、家族の病気のことで占いに通っている人がいたら。
治る、と言ってくれる人を探したくなる気持ちは、よくわかります。
私もそうでした。
でも、私の助けになったのは、治るかどうかを当ててもらうことではありませんでした。
何を話しても、否定せずに聞いてもらえること。
それが、10年通って、ようやくわかったことです。
次回以降で、妄想の中で出てきたその言葉のことを書こうと思います。








