「離婚」の二文字は、今も消えない。リビングの棚で見つけた妻の妄想ノート|占い日記 #10

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和室のリビングの棚に置かれたノートへ手を伸ばす男性の手元の水彩画風イラスト

前回は、「視点を変えてみる」という言葉の意味を考え続けて、妻の病気は治らないと受け入れはじめた話を書きました。

▶ 「視点を変えてみる」の意味は、今もわからない。治らない病気を受け入れはじめた話|占い日記 #9

その最後に、妻の妄想の中で出てきた言葉がある、と書きました。
今回は、その言葉の話です。

ズバリ言ってしまいます。
「離婚」です。

目次

リビングの棚に置かれたノート

妄想が始まったころ、妻はなぜか日記をつけるようになりました。

そのノートが置かれていたのは、リビングの棚です。
家にいれば、誰でも目につく場所でした。

隠しているようで、隠していない。
普通なら、日記は人に見られたくないもののはずです。
なのに、妻はそういう場所に置いていました。

精神の状態が良くなかったからなのか。
そこは、今もわかりません。

ある日、棚の前を通りかかったとき、そのノートが目に入りました。
何気なく手に取って、ページをめくりました。

全く意味がわからなかった

そこには、ある人との関係が、赤裸々に書かれていました。
妻と、その人が恋仲にある、という内容です。

最初に読んだときは、全く意味がわかりませんでした。
普段の妻の様子からは、そんなこと、考えられなかったからです。

何度か読み返して、ようやくわかってきました。
これは、妄想なのだと。

相手の人は、実際にいるようでいて、実際にはいない人でした。
現実をもとに作られた妄想。
妻の中にある心が生んだ妄想なのだと思います。

以前、妻が身に覚えのない電話を取引先にかけてしまった話を書きました。
あのときも、パソコンが誰かに操作されている、という妄想がありました。

▶ 「奥さんから電話あったんだけど?」妻の豹変で、仕事が止まった日|占い日記 #4

それでも、ノートがあったおかげで、わかったこともあります。
妻が何を考えているのか。
……いや、妄想だね。
妻が何を妄想しているのか、です。

「離婚」と書かれた紙切れ

木のテーブルに置かれたくしゃくしゃの紙切れの水彩画風イラスト

ノートやメモが見つかったのは、1回ではありません。
何度もありました。

書かれていたのは、離婚して、その相手と一緒になる。
そんな流れです。

ノートだけではありません。
ときには、紙切れに「離婚」という文字が書かれていました。
汚い言葉が、いろいろ並べられていることもありました。
どれも、殴り書きのような字でした。

見つけるたびに、気持ちはいろいろでした。
怒りでいっぱいになることもありました。
なんで、こんなことを書かれなきゃいけないのか。

かと思えば、まあ、病気だな、と思うこともありました。
同じような紙切れを見ても、その日によって感じ方が違ったのです。

妻には、言えるはずもない

このノートのことを、妻に言ったことはありません。
言えるはずもないです。

「ノート、読んだよ」と言ったら、どうなるのか。
「離婚って書いてあったけど」と聞いたら、何が返ってくるのか。
想像するだけで、口が重くなりました。

紙切れを見つけても、私は黙って元の場所に戻していました。
そして何事もなかったように、仕事部屋に戻る。
そんなことの繰り返しでした。

妻とは、普段通りに接しました。
いや、普段通りに接しようと、努力しました。
少なくとも、この時は。

「寂しいんだね」と、先生は言った

ランプの灯るテーブルでタロットとお茶をはさむ二人の手元の水彩画風イラスト

妻には言えない。
そのかわりに話を聞いてもらったのが、いつもの占い師の先生です。

先生には、ほとんどすべてを話しています。
まあ、言えていないところも、少しはあるかな。

ひととおり話し終えたとき、先生はこう言いました。

「寂しいんだね」

寂しい。
その言葉を聞いて、正直、複雑な気持ちになりました。

寂しいからといって、ほかの人と一緒になるという考えになる。
その心理状態は、ちょっと理解できないものがありました。

ただ、そういう気持ちにさせてしまった、というのは思い当たります。
妻に、そういう接し方をしてしまっていた。
思い当たる節は、いろいろあります。
それは、反省すべきことなのだと思います。

だからといって、です。
病気だったら許される。
みんな、そう言います。

病院の先生も、家族会の人たちも、相談窓口の人も。
相談しに行ったところでは、みんなそうでした。
正確には、「許してあげて」という感じです。
考え方としては、みんな「病気だから仕方ないんだよ」なのです。

じゃあ、それはいつまで許してあげるの?
そういう考えにも、なりますよね。

それは、なんか違う気がするのです。

やっぱり根っこにあるのは病気なのかな、とは思います。
それでも、書かれた側の気持ちは、そう簡単には片づきません。

占いでは、病気は治せません。
それでも、私は知りたかったのです。
病気でおかしなことを言い始めた人の心は、どうなっているのか。
その心は、正常なのか。
不思議で、知りたいと思いました。

先生の場合、占いというより、人生相談のような感じです。
この件に関しては、当たるとか当たらないとか、そういう話ではありませんでした。
どうすればいいのか。
どう整理すればいいのか。

離婚するのか、しないのか。
その話になっても、先生はどちらがいいとは答えてくれません。

「それは、自分で決めることだよ」

そういうスタンスを、先生はずっと取っていました。

次に言われたら、応じると思う

「離婚」という言葉が出たのは、もう何年も前のことです。
妻は、もう忘れているみたいです。
忘れているというより、妻の中では、なかったことになっているのかもしれません。

あのノートも、紙切れも、いつの間にか家からなくなっていました。
妻が捨てたのか、どこかへしまったのか。
それもわかりません。

ただ、私の手元には写真が残っています。
見つけるたびに、写真に収めていたのです。

ノートは消えても、書かれたことは消えません。
私の中では、永遠に残っています。
これから先も、忘れることはないと思います。

ほかの人と一緒になりたい。離婚したい。
妻の中でなかったことになっていても、それは消えません。
病気のせいだと言われたとしても、言われた方には、ずっと残るのです。

だから、どうしても優しくなれません。
愛情も、持てなくなっています。

ひどい夫だと思われるかもしれません。
でも、正直に書いておきます。

次に、もし妻から「離婚」と言われたら。
私は、それに応じようと考えています。

いろんな角度から、話を聞いてもらう

最後に、占いの使い方について、私の考えを書いておきます。

当たる、当たらないよりも、話を聞いてもらうこと。
人生相談の場として使うこと。
占いって、本来そういうものだと思うんです。

占い師というのは、話を聞くのが上手です。
病院で受けるアドバイスと、占いで聞くアドバイスは、全く別の角度から出てきます。

もしかすると、霊視の占い師に言われた「視点を変える」は、こういうことだったのかもしれません。
……ああ、でも、視点というのとは少し違うかな。

一つの物事を、いろんな角度から見られる。
いろんな人の意見を聞ける。
それがいいのだと思います。

家族の病気で、傷つく言葉を向けられた人もいると思います。
その言葉を、一人で抱えなくてもいい。
病院とは別の角度から話を聞いてもらえる場所を、一つ持っておく。
私は、そういう占いの使い方をおすすめします。

次回は、私自身が「癌かもしれない」と思ったとき、先生に言われた言葉のことを書こうと思います。

▶ 「がんじゃないと思うよ」癌を疑った私に、占いの先生がかけた言葉|占い日記 #11

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